中陰の花

 中陰の花 ISBN:4163205004。霊感はないけど供養のできるお坊さんと、宗教者というわけではないけど霊感のある奥さんのカップルって結構あるのねと思った。粗筋を書こうかと思ったけどキーワードから飛んで行くと結構書いてあるからそれはやめた。しかし著者の玄侑宗久、なかなか名前が覚えにくい作家さんだ。しかも二文字目の侑の漢字変換がなかなかでてこない。

 17ページの8行目、
>大阪の繁華街で生まれ育った彼女には、山に囲まれた人口二万ほどの小さな町での生活は不便なものに違いなかった。

とありまして、本題と関係ないところで感情移入してしまいました(爆)。がんばれ、圭子。

題名の「中陰の花」の中陰は、この世とあの世の中間の状態。チベット仏教で言うところのバルドゥでしょうか。

 作品全体の中で、禅宗の僧侶である則道と、ウメさんに代表されるおがみやさんとの、それぞれの世界観というか世界に対する感性の対比が描写されていて興味深いです。そして両方が一つの町の中で上手に自然と役割分担して棲み分けているような印象さえ受けます。おがみやさんのところに悩みを聴いてもらいにいった女性が、おがみやさんの勧めに従って禅僧に供養をお願いしに行ったり、そのアドバイスに疑問を感じた禅僧がどんなおがみやさんなのだろうと会いに行ったら思わず自分のことを質問して答えてもらって帰ってきてしまったり。

 日本の多神教、多宗教的な側面が生き生きと描かれています。
主人公の則道は、かなり著者に近いキャラクターらしく、葬式とか法事とか日々の僧侶としてのお仕事に追われています。いろいろ檀家さんの前でお話とかするわけですが、p.43の5〜10行目の

>死の瞬間というのは、先日知り合いのお医者さんが仰言ってましたが、苦しくはないんだそうですね。亡くなる前の日まで苦しむ人はいます。あるいは一時間前まで苦痛に喘ぐ人もいるそうです。でも亡くなる瞬間に苦しむ人というのは、その先生は五千人ほど見送ったそうですが、今まで一人も会ったことはないそうです。どうかご安心ください。たぶん脳に、あらかじめ組み込まれている防衛機能なんでしょうね。

は、いい話だなあと思いました。祖父や祖母が死んだ時のお葬式にこういう風な話をしてくれるお坊さんがいてたら、両親の心労も少しは癒されただろうにと。
 
 しかし、小説のハッピーエンドが成仏で終わるあたり、いかにも坊さんやなあとの感はぬぐえず(笑)。