勲章は誰のために

 以前にこの日記でも紹介した、大日本帝国陸軍の勲章を出品してた人の話。
曰く、勲章の持ち主の娘で出品者の母が夢を見たと。


「じいちゃんの葬式に、香典返しの箱をあけたらなぜか勲章が一人二個ずつ入っていたらしい」


それが夢の内容である。勲章は(遺品ということになるので)おじいちゃんからのギフトなわけだが、
メッセージの変換のされ方が夢って面白いと出品者さん。


それを聞いて、考えた。


物には使うときがある。
トースターはパン焼くときに使うし、
クルマは移動時に使う。


ではさて勲章はいつ使われるものなのか?
やはり、人に見てもらい、私はこういう人なんですよ、と
わかってもらうためにある。


しかし、家族が毎日勲章を見てくれたとしても意味はない。
履歴書を家族に提出しないのと同じである。
勲章は、他人様を感心させるためにあるのだ。
そのためには勲章をつけてどこかに出かけるのが良いが、
戦後日本では行いにくいことであったし、
本人逝去後はどうしようもない。


ヤフオクという形であれ、
お出掛けできたことは勲章の本懐なのだ。
仮に新たにそれを知るのが落札者さんだけであったとしても、
かつて軍人として斯くの如く活躍した人が確かにいたのだと
分かってもらえることが何よりなのだ。


お礼が倍返しなのは、勲章が新たに人に知られることで、
価値が倍になったのだ。
持ち主の存在を知る人が増えるということが、
勲章が仕事を果たすということなのだ。


そんなことを考えていた朝。