性的唯幻論序説

 高速増殖炉もんじゅの引き上げ工事が成功したから思い出したというわけではないが、
4/1の「原発とプルトニウム」以来、新書300冊計画のことをすっかり忘れていた(笑)
基本的に飽きっぽい性格なのだ。忘れてる間に、読んだ新書が何冊かたまっていたので、
記録もつけておこうと思いつつ、つけられないまま今日に至るのであった。


19冊目は、岸田秀の性的唯幻論序説。


性的唯幻論序説 (文春新書)
岸田 秀
文藝春秋
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この本は、今は文春文庫からも発売されている。岸田秀の著書の中では人気なのだろうか。
こちらには、"「やられる」セックスはもういらない"というサブタイトル。読者層は女性メイン?


性的唯幻論序説―「やられる」セックスはもういらない (文春文庫)


 元々岸田秀の著作は、学生時代より何冊か読んでいて、
ものぐさ精神分析 (中公文庫)
でも人間の性について独特の視点からコメントされていたけど、
性的唯幻論序説においては、一冊丸ごと人間の性特集。


 この本における著者の主張は、最初の一段落で結論が書かれていて、
残りは、その論の発展と応用という印象。

 人間は本能の壊れた動物であるというのがわたしの出発点である。もちろん、性本能も壊れている。性本能が壊れているということは、人間は本能によってはいわゆる正常な性交ができないということである。本能によって男が女を求め、女が男を求めるということはないということである。正常な性交ができないということは不能ということである。人間は基本的に不能なのである。しかし、それでは人類は滅亡するので、人類文化は幻想に頼っていろいろな策を講じ、何とかある程度は不能を克服してきた。もちろん「ある程度」であってさまざまな問題を残している。いずれにせよ、人類においては性交をはじめとする男と女の関係のあり方、あるいは男と男、女と女の関係のあり方、男と女の性衝動あるいは性欲のあり方(性衝動あるいは性欲というものがあるかないかまで含めて)など、性にまつわるいっさいのことは本能ではなく幻想にもとづいており、したがって文化の産物であって、人間の基本的不能を何とかしようとする対策またはその失敗と見ることができる。

どうしてそうなったかについては、著者の専門である心理学者のフロイドの理論を用いて、その後の文章で解説されている。
下手に内容をまとめるよりは、各章のタイトルを読んだほうが内容を推測しやすいかと思う。

第一章 すべての人間は不能である
第二章 男の性欲は単純明快である
第三章 文句を言い始めた女たち
第四章 女体は特殊な商品である
第五章 「女」は屈辱的な役割である
第六章 母親に囚われた男たち
第七章 「性欲」の発明
第八章 「色の道」が「性欲処理」に
第九章 神の後釜としての恋愛と性欲
第十章 恥の文化罪の文化
第十一章 資本主義時代のみじめな性
第十二章 性交は趣味である

 この本が書かれたのは1999年のことであり、それからさらに時代は進んでいる。
「草食系男子」についても、なぜそうなったかの理由を論理立てて書かれている。
それを読むと、そうなるのはある意味必然だなあと思えてくる。
もともと「性的本能」なんてものは人間においては壊れていて、
それを共同幻想であたかも存在するかのように演じてきたのが、
時代の発展とともにその欺瞞性があらわになり、自然と壊れてきているのだから。


異性愛であろうが同性愛であろうが、普通のセックスであろうがSMであろうが、特定のパートナーとの間の性であろうがフリーセックスであろうが、人の性というのは全て倒錯なのであるという主張には納得できるし、半ば神秘化されてる恋愛至上主義が、西洋からもたらされた性抑圧的なキリスト教がねじくれて変化したものというのも、よくわかる気がする。


それで、全部幻想だったらどうするんだ?という問いへの答えが、
第十二章のタイトルの「性交は趣味である」という言葉だと思う。
p.147では、こう書かれている。

性交を本能であるというのは、本能に責任を転嫁していて卑怯であるし、能力の発揮であるというのは男の権力主義的考え方にもとづいているし、愛の表現であるというのは愛と性を切り離し、いやらしい性を清らかな愛によって正当化するというごまかしの思想である。

別の箇所では「ゴルフと同じように趣味の問題」とも書かれている。
つまり、それに非常に熱心になる人もいれば、全く興味を示さない人もいるだろうけど、
それは趣味の話だから、ということ。趣味というのは、本能とは別のところの話という意味。
しかしそれは性についての幻想が幻想とわかった人にとってそうであるということで、
「性は本能」ということに疑問を抱かない人にとっては、そうではないのかもしれない。


ある意味この本は、マトリックスでモーフィアスの渡す赤い薬のようなものかも。