今週のお題「おすすめの本」悲しんでいい 大震災とグリーフケア

 まさに、タイトルの通りのメッセージの本。本文一行目は、
"悲しみについてお話ししましょう。"である。

悲しんでいい―大災害とグリーフケア (NHK出版新書 355)

悲しんでいい―大災害とグリーフケア (NHK出版新書 355)

著者の高木慶子さんは、上智大学グリーフケア研究所所長。カトリックの尼僧で、阪神淡路大震災被災者でもある。ターミナルケアに従事するようになったことが、悲しみの感情をいだく人たちの心の叫びに向きあいはじめるきっかけとなったそうだ。今年5月には宮城県被災地を訪れられている。阪神淡路大震災被災者であった著者も、被害の大きさに圧倒され、言いようのない不安に襲われたそうだ。


参考までに、各章のタイトルを引用しておく。

第1章 「癒しびと」なき日本社会
第2章 心の傷は一人では癒せない
第3章 弱っている自分を認める勇気 ―悲しみとのつきあいかた
第4章 「評価しないこと」と「口外しないこと」―悲しみへの寄り添いかた
第5章 老若男女、それぞれの喪失体験
第6章 小さな希望でいい ―三つのことばと三つのモットー

 第1章の中で、著者が絶望を表現するのに使う言葉が印象的。
「絶望というお友達が近づいてくる」ことを著者は危惧している。
なぜ「お友達」という呼び方をするのか?p.28にこう書いてある。 

 絶望を「お友だち」と呼ぶと、違和感を持たれる人もいるかもしれませんが、「家族」であれば、わざわざ身内を不幸に陥れるために近づいてはきません。「他人」が近づいてきたのであれば、人は警戒もするし、逃げることもできます。しかし、「お友だち」はやさしい顔で近づいてきます。親しい友人が笑顔で近づいてくれば、弱っている人間は自分のほうからも近づいていこうとします。それが一番怖いことなのです。

絶望ってやさしい顔で近づいてくるんですね〜(怖)
また、p.33〜p.34には原発事故へのコメントがあります。

 原発事故への怒り―言い換えれば、「安全です」と言い続けながら推進されてきた国の原子力政策と東電にたいする怒りは、被災したすべての人が安心できる生活を取りもどすまで、決して消えることはないでしょう。
 にもかかわらず、既存の原子力発電所の安全対策をどう講じるのか、これからのエネルギー政策をどう見直すのかという明確な指針が、私たち国民には一向に伝わってきていません。つまり、希望となる「明日」を奪われたまま。そのために不安と恐怖がいたずらに煽られ、怒りは収まらず、悲しみは複雑化してしまうのです。

確かに、今ほど多くの人達から政府への怒りを感じることは、私の人生でもこれまでなかったことです。もっと御年配の方だったら、第二次世界大戦とか安保条約とかいろいろあったかと思いますが…。


 そして、被災地に来る精神科医も投薬中心の方が多く、「心のケア」=「グリーフ(悲嘆)ケア」を誰がするのか、昔の日本なら身近にそういう悲嘆を癒せる「いやしびと」が、おじいちゃん、おばあちゃん、仲良しのご近所さんが存在していたのだけど、今はそういうものもなかなか無かったりする。でも人と人とが支えあう土壌まで壊れたわけじゃないのだから、多くの人がグリーフケアを学んで心を支えあっていけるようになったらいいね、というのが著者の願い。


第2章は、悲嘆とはどんなものなのか?ということ。
破れた血管や、火山の噴火のイメージで解説されています。
そして、一人で抱え込まず、誰かに心を開き、話を聞いてもらうことを著者は勧めています。阪神・淡路大震災で子供を亡くした人が、「兵庫・生と死を考える会」に参加し、同じ境遇の人達と出会い、悲嘆を共有できたことで、ずいぶん楽になった例が紹介されています。


第3章は、弱っている自分を認める勇気。悲しみの感情が一気に押し寄せてきたときに、どうするか。いろんな意見があると思うけど、著者によると、「うつという病と、悲嘆によるうつ的状態とは、似て非なるもの」だそうです(p.67)。これには異論もあるかも。著者は、余りに簡単に、極端な例では2分程度の問診のみで、うつ病と診断されて睡眠導入剤精神安定剤が処方されたりする今の風潮を危惧しているようです。それよりは、自分の心が弱っていることを認め、親戚でも友人でも学生時代の先輩でも恩師でもいいから、信頼できる誰かに思い切って心が弱っていることを打ち明けてみたほうが良いと主張されています。
それから、一人で飲むお酒には注意してくださいと。被災地でアルコール依存症になる人が増えているようです。
あとは普段から夫婦、家族の絆をしっかりしておきましょうというお話。


第4章は、深い悲しみにとらわれている人との接し方。
悲しみへの寄り添い方、とも書かれています。
「評価しないこと」と「口外しないこと」についての解説。
グリーフケアには専門的スキルが必要だが、マニュアルはない。
著者の経験でも、いろんなケースがあって一概には言えないようです。
しかし、この章の文章を読んでいると、なるほど、そうだな〜と頷けることがたくさんあります。
「ケアする際の好ましくない態度」は家族を失った御遺族の方からの調査で生まれたものだそうで、共感するところが多くありました。引用しておきます。

1 忠告やお説教など、教育者ぶった態度。指示をしたり、評価したりするような態度
2 死という現実から目を背けさせるような態度
3 死を因果応報論として押しつける態度(過去の事実と現実の死とを短絡的に結びつけ、悪行の報いやたたりなどと解釈すること)
4 悲しみを比べること(子どもの死は配偶者との死別より悲しいなどとする見かた)
5 叱咤激励すること
6 悲しむことは恥であるとの考え
7 「時が癒してくれる」などと、安易にはげますこと。もっぱら楽観視すること

確かに、自分にとって大事な人が死んで落ち込んでたら、こんなこと言われたくないな〜と思うことばかり。


第5章は、一言に喪失体験といっても、老若男女でそれぞれ傾向の違いがありますよ、というお話。お年寄りに対してと子どもに対してと、注意しなければいけないことは違うし、子を亡くした母親の傷は深いし、男の人は悲しむのが下手な人が多いですよ、といったようなこと。


第6章は、どのようにして新しい人生の道を歩み始めることができるか、ということ。「活動」→「深い悲しみ」→「失ったものと自分との関係の再構築」という3つのステップがあって、その先に回復した自分があるそうです。


今、被災者の方、被災者に接する人達が、読んでおくと役に立つ本じゃないかな、と思いました。特に自分自身が辛い喪失体験をされている方は、喪失体験からの回復プロセスを知っておくことで、少し安心できるところもあるんじゃないかと思います。


というわけで、新書300冊計画の32冊目でした。


悲しんでいい―大災害とグリーフケア (NHK出版新書 355)