名文どろぼう 竹内政明

 あちらこちらの名文家達の文章、実在の人物の名言、映画のセリフ等から、面白いのを引用。
それに著者の解説が付く。それだけといえばそれだけのことだが、
名文引用も、それだけで一冊の本になって出版されるようなのは、
なかなか常人に書けるものではないだろう。


名文どろぼう (文春新書)

名文どろぼう (文春新書)



著者の竹内政明氏は、読売新聞の「編集手帳」の6代目執筆者(2001年〜)。
子供時代、間違って「巨人って強いね」などと言おうものなら、
「たとえ強くても、巨人なんか応援するような人間にはなるなっ!!」と怒声が飛んでくる、
読売新聞の購読など許されるはずもなかった関西の一般家庭に育った私には、読売新聞の編集手帳と聞いてもわからないのだけど、要するに朝日新聞における天声人語のようなもの。なるほど、あれを書き続けるのは並大抵のことではないだろう。


日本国憲法第二十三条の、


学問の 自由はこれを 保障する


が五・七・五になっていて好きだ(p.32)とか、気づけそうで以外と気づかなかったりすることを見逃さない、そういうことが大事なのかも知れない。


 個人的には、北杜夫さんが旧制松本高校の物理のテストで時間を持て余して答案に書いた詩に心打たれた(p.73〜p.74)。

恋人よ
この世に物理学とかいふものがあることは
海のやうにも空のやうにも悲しいことだ


恋人よ
僕が物理で満点をとる日こそ
世界の滅亡の日だと思つてくれ


僕等には
クーロンの法則だけがあれば澤山だ
二人の愛は
距離の二乗に反比例する


恋人よ
僕等はぴつたりと
抱き合はう!

物理のテストを諦めて時間を持て余す、までは体験的にわかるけど、
テスト中の張り詰めた空気の中で、悠々とこんな自分の世界を展開できるのは、やはり只者ではないという感じがする。


面白い反面、この本全体に著者の自虐的なテイストが漂うのだが、それが演出されたものなのか、本当に自虐的な人なのかはよくわからない。


面白いだけで特に何の役にも立たないとか、そういうことを言うのは無粋である。電車内等で肩の力を抜いて楽しむ一冊だろう。


新書300冊計画の35冊目。