原発とプルトニウム

 福島原発事故関連の記事を見ていたら3号機がプルトニウムを扱うプルサーマルだとか、
実は浜岡原発以上に高速増殖炉もんじゅプルトニウム使ってるから危険だとか、
そんなこんなでプルトニウムって名前をしょっちゅう目にする今日この頃だけどプルトニウムって何だったっけ?
というわけで、読んで見た一冊。




 プルトニウム一つにしてもいろんな角度から本にすることが可能と思うけれども、
この本は、プルトニウムが発見されるまでのプロセスの科学史的な解説がメインで、
原発の安全性や危険性についても7章でコメントされているものの、分量的にはやはり科学史にウェイトがある。


はしょりまくってすごい大雑把に言うと、


X線の発見→中性子の発見→超ウラン元素発見競争→核分裂の発見→プルトニウム確保→原爆開発→原発等、原子力の平和利用


という流れ。はしょりすぎて誤解を生む可能性があるので、興味のある方はなるべくちゃんと本を読むように。


 なお放射線の単位に名前が使われているベクレルラジウム塩による潰瘍のため55歳で死亡、キュリー夫人は66歳のときに再生不良性貧血で死亡している。キュリー夫人の主治医は、
「再生不良性悪性貧血症である。骨髄が、おそらく長年の放射作用の蓄積のために変質してしまって、反応しなくなったのであろう」と書いている。
放射線研究は、パイオニアも命がけだったんだなあ。


 それから、著者のプルトニウム事業核燃料サイクルについての意見を、あとがき(p.270〜271)より引用しておきます。

そして本書で書きたかったことの五点目は、こうした歴史的流れを見たとき、日本が「被爆国」として核兵器の廃絶を訴える上で重要なことは、「核燃料サイクル」ープルトニウムの取り出しーをやめることが先決である、ということだ。
 核燃料サイクルは、元のエネルギー以上のものを取り出すという、科学的好奇心からはぜひチャレンジしたい課題だ。これが実験室レベルの、プルトニウムがマイクログラム単位での研究であれば、許されるだろう。しかし、商業レベルでの研究開発、そして実施ということであれば、トン単位のプルトニウムとなる。こうなると科学者の好奇心の問題ではなく、核拡散の問題にどう立ち向かうかという国際政治上の解決が必要な問題となる。現状ではその解決の道は「核廃絶」しかないと思える。となると科学者は自分の好奇心ではなく、世界の安全を優先する必要があり、トン単位のプルトニウム事業核燃料サイクルの実施はまずは凍結、ということになる。



 こういう意見がある一方、プルトニウム利用を推進する立場の動画も過去に作られており、
今ではyoutubeで視聴可能だったりします。



ちなみに高速増殖炉もんじゅについてのwikipediaには、

2010年8月26日、炉内中継装置(直径46cm、長さ12m、重さ3.3トン)がつり上げ作業中に落下する事故が起きた[21]。

日本原子力研究開発機構は10月1日、中間報告において「落下による影響はない」と主張、装置の引き揚げ作業を続行した[22]。しかし、10月13日までに24回行われた引き上げ作業は全て失敗。事故現場は目視で調べることができないが、落下の衝撃で装置が変形し、原子炉容器の穴に引っかかっているとみられ、装置が原子炉容器から抜けない状態になっていることが判明した[23]。長期にわたり原子炉の運転ができない可能性が出てきた[23]と報道される他、「技術的常識に従えば本格運転も廃炉措置もできない」という主張も出されるなど[22]、事故の収拾の見通しは立っていない。

2011年1月28日、落下した装置を引き抜くための追加工事や試験などの復旧作業に約9億4千万円の費用がかかることがわかった[24]。また、停止中も維持費に1日5500万円の国費がかかると報道されている[25]。

2011年2月14日、装置を現場で担当する燃料環境課長が敦賀市の山中で自殺し、遺体で発見された[26]。

日本原子力研究開発機構は、落下した炉内中継装置を燃料出入孔スリーブと一体で引き抜く方針を決定し、保全計画策定と国の確認を受けて実施する予定である[27]。

と書かれています。どうなるんでしょうね〜・・・上記動画で「夢の高速増殖炉もんじゅ」と呼ばれていた時代が懐かしいと思う人もいるのではないかと。


というわけで、新書300冊計画の18冊目。